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あらし
嵐
島崎 藤村
島崎藤村『嵐』。同一底本的分册已合并为一书。收入:嵐、分配。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,007 字 · 108 页
慣れてみれば、よくそれでも不便とも思わずに暮らして来たようなものだ。離れて行こうとするに惜しいほどの周囲でもなかった。
実に些細なことから、私は今の家を住み憂く思うようになったのであるが、その底には、何かしら自分でも動かずにいられない心の要求に迫られていた。七年住んでみればたくさんだ。そんな気持ちから、とかく心も落ちつかなかった。
ある日も私は次郎と連れだって、麻布笄町から高樹町あたりをさんざんさがし回ったあげく、住み心地のよさそうな借家も見当たらずじまいに、むなしく植木坂のほうへ帰って行った。いつでもあの坂の上に近いところへ出ると、そこに自分らの家路が見えて来る。だれかしら見知った顔にもあう。暮れから道路工事の始まっていた電車通りも石やアスファルトにすっかり敷きかえられて、橡の並み木のすがたもなんとなく見直す時だ。私は次郎と二人でその新しい歩道を踏んで、鮨屋の店の前あたりからある病院のトタン塀に添うて歩いて行った。植木坂は勾配の急な、狭い坂だ。その坂の降り口に見える古い病院の窓、そこにある煉瓦塀、そこにある蔦の蔓、すべて身にしみるように思われてきた。