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じゅんさじしょく

巡査辞職

夢野 久作

「新青年」1935(昭和10)年11~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,907 字 · 63 页

青空文庫

ありふれた強盗、強姦、殺人事件にばかりぶつかって最初から犯人のアタリを附けてかかる流儀に慣れ切っている草川巡査は、この事件に限って、実際、暗黒の中を手探りで行くような気迷いを感じながら、駐在所を出たものであった。

ところが、それから間もなく草川巡査が、山の中の近道へ廻り込んだ時に、深良一知青年が、背後から叫んだ声を聞くと、そのトタンに草川巡査の心気が一転したのであった。勉強疲れで過敏になっている草川巡査の神経の末梢に、一知青年の叫び声は、あまりに手強く、異常に響いたのであった。それは無論、深良一知が偶然に発した叫び声で、別段に深い意味も何も無い驚きの声に相違ないのであったが。これが所謂、第六感というものであったろうか。何故という事なしに、

「犯人はドウヤラこの一知らしい」

という直感が、草川巡査の脳髄のドン底にピインと来たのであった。それも、やはり何の理由も根拠も無い。ただそんな風に感じただけの感じであったが、それでもそうした無意識の叫びの中に、一知の心理の奥底に横たわっている普通とは違った或る種の狼狽と恐怖心が、偶然にも一パイに露出しているのを、病的に過敏になっている草川巡査の神経の末梢がピッタリと捕えたのであろう。