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おびひろまで

帯広まで

林 芙美子

「文藝春秋」1936(昭和11)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页

青空文庫

水気の多い南風が吹いていて、朝からごろごろ雷が鳴っていた。昼から雨になった。伊代は九太から手切れの金だと云って貰った四拾円の金を郵便局に貯金に行った。雨の中を傘もささずに歩きながら、伊代は足が地につかないような、ふわふわした気持ちであった。四枚の拾円札が貯金の通帳になってしまうと、手も足も風に※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)ぎとられて行ったような変な淋しさになった。心のうちには、夫婦ぐらしが終りになったら、こんな卒業証書を貰うものかと、伊代は歩いて帰りながら、そんな事を考えていた。市場の前を通ったが、九太と連れ添っていた時のような食慾はなかった。それでも伊代は眼をつむって通った。眼をつむりかけた時、八百屋の店先きには、熟した桃の並べてあるのが眼に写った。酢っぱい唾がごくんと咽喉を潤おした。伊代は桃を買って帰った。

夜になると、雷はいっそう非道くなった。伊代は早くから寝床を敷いて暗い部屋の中で小さくなっている。二三日前まで九太が同じ寝床にいたのだと思うと、伊代は暗い寝床で桃を噛りながらぽろぽろ泣いているのであった。四囲が湿っているので、伊代は苦しめられるような蒲団の匂いをかいだ。