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おびひろまで
帯広まで
林 芙美子
「文藝春秋」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页
一つの寝床で何か語らっていても、夫の表情が伊代の見えない裏側の方で常に何かと遠く話しあっていることに気がつかなかったのであった。初婚のせいか、幼い伊代には男一人ぐらいはどうにでもなると云った安心さがあったのだろう。月々五拾円ばかりの給料が、そのまゝ伊代の手に渡されていたので、伊代はかえって眼前にある夫の表情と云うものには近視になっていたのだった。
伊代は九太と識りあうまで浅草の水族館の上にあるレヴィユー小舎の踊り子をしていた。金魚のように尾鰭だけは立派に身につけて大勢と踊るのであったが、朋輩の誰彼が抜手を切って彼女達の彼岸近くへ泳いで行っているのに、下手なダイビングで立ち遅れたのか、伊代は不器用にうろうろして誰からも声をあびせかけられなかった。――九太は伊代と同じくレヴィユー小舎でヴァイオリンを弾いていた。上野の音楽学校を中途で止めると、何を考えてか浅草の水族館の上にあるレヴィユー小舎へ楽士として雇われて来た。官立派の学生気分の抜けなかった九太の眼は、何時も立ち遅れて淋しそうでいる伊代へ、何とない哀慕の心を持ち始めたのであった。九太はピアノも弾いた。