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じょうしき
常識
豊島 与志雄
「改造」1934(昭和9)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页
だが私は無理にも信じてきた。けれども事実の方が力強い。あなたたちが綱島に行き、磯子に行き、伊豆へまで行ったことは、私の耳にも伝わってきた。あの男の内気そうな伏目がちな眼の中の、厚顔な誇りの色は、その曖昧な言葉以上に、いろいろなことを匂わせるのだった。それを、親切な岡部がまた裏付けてくれた。
「あの男はいろんな謎をふりまいてるようで、困ったものだ。今のうちに、なんとか、君の力で富永さんを引止めてくれるといいんだが……。」
それは、まじめな常識的な言葉だった。その時私はまだ、「みます」のことを彼があなたに話していようとは知らなかった。私はうちのめされた気持で、あなたにぶつかっていった。がその時あなたはもう、煙草をもてあそびながら笑っていた。
あなたの涙はどこへいってしまったのか。私の信念はどこへいってしまったのか。私たちは互に愛しあってると信じたいと、私はつとめてきた。農園のことまでも考えてきた。それが一度に崩壊してゆくのを、私はどうすることも出来なかった。真心というものは、或る大きさのものが初めから存在するのではない。小さなものから次第に大きく生長してゆくのだ。