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じょうしき

常識

豊島 与志雄

「改造」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页

青空文庫

ではなかった。そうはっきりと分れば、私は他にもっと手頃な仕事を考えてみればよいのであった。だが私の愛は、多少の冒険をも辞しなかった。あなたはまた、所謂有閑婦人的な軽快さで、それから生活の倦怠と新奇な期待とで、他愛なくうち喜び、小鳥が囀るように、岡部周吉に何やかや饒舌りちらしてしまった。

岡部にあなたが饒舌りちらしたことを、私は咎めはしない。結果に於てそれは有益だったかも知れない。実際に農園を初めていたら、私たちの財産がどうなっていたか私にも見当はつかない。あなたの小さな小供の家庭教師というか補導者というか、あなたの亡夫の兄から推薦されてあなたの家に出入してる岡部が、私たちの仕事に不安を覚えたのは無理もない。そして親切な彼のことだから、あなたから話すだけでなく、いろいろききただして、必要以上にあなたに饒舌らしたというのも、不当とは思われない。彼は親切な常識家である。物の道理や人情についてはよい理解を持っている。ただその理解が、平面的に働いて、立体的には――高さや深さの方面には――少しも働かないだけのことである。常識の有難さはそういうところにあるのであろう。