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ねんがゆうびん
年賀郵便
岡本 綺堂
「モダン日本」1935(昭和10)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,513 字 · 3 页
新年の東京を見わたして、著るしく寂しいように感じられるのは、回礼者の減少である。もちろん今でも多少の回礼者を見ないことはないが、それは平日よりも幾分か人通りが多いぐらいの程度で、明治時代の十分の一、ないし二十分の一にも過ぎない。
江戸時代のことは、故老の話に聴くだけであるが、自分の眼で視た明治の東京――その新年の賑いを今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。三ヶ日は勿論であるが、七草を過ぎ、十日を過ぎる頃までの東京は、回礼者の往来で実に賑やかなものであった。
明治の中頃までは、年賀郵便を発送するものはなかった。恭賀新年の郵便を送る先は、主に地方の親戚知人で、府下でもよほど辺鄙な不便な所に住んでいない限りは、郵便で回礼の義理を済ませるということはなかった。まして市内に住んでいる人々に対して、郵便で年頭の礼を述べるなどは、あるまじき事になっていたのであるから、総ての回礼者は下町から山の手、あるいは郡部にかけて、知人の戸別訪問をしなければならない。市内電車が初めて開通したのは明治三十六年の十一月であるが、それも半蔵門から数寄屋橋見附までと、神田美土代町から数寄屋橋までの二線に過ぎず、市内の全線が今日のように完備したのは大正の初年である。