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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

何か大きな力でねじ向けられるかのように、首を徐々に振り向けてみると、押入の襖は閉まっていた。下半分がただ白くて、上半分に電燈の笠の影を薄暗く受けていた。

彼は怪しい衝動に駆られた。立ち上って押入へ歩み寄り、骨壷をを」]開いて、中の白いやつを歯でかじった。食塩と灰とを混ぜて噛むような味だった。不気味な戦きが背筋を走った。慌てて室の中を見廻した。誰も居ないのを見定めて骨壷をを」]しまった。

また暫くすると、彼は同じ衝動に駆られた。立ち上って押入へ歩み寄った。総毛立った顔をして眼を見据えているのが、我ながら不気味に意識された。一寸立ち止ると。ぞっと竦んだ。

彼は堪らなくなって室から飛び出した。廊下の曲り角が陰々として薄暗かった。血の気を失った顔で竜子の前に現われた。

それを竜子は待ち受けていた。

ただ母性のみが持ってる大きな抱擁力だった。子供をも大人をも本能的に抱き込む、鳥黐のような粘り気のある力だった。彼はほっと息をついた。

然し間もなく、忌わしい反撥の気がむらむらと彼の心に湧いた。彼は彼女を押しのけて立ち上った。

眼に険を帯び、口元から頬へ皮肉な色を漂わせて、そのどっしりとした身体全体で、彼女は彼方をじろりと見やった。