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ひろばのベンチ

広場のベンチ

豊島 与志雄

「文芸」1951(昭和26)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,998 字 · 15 页

青空文庫

霧雨というよりはもっとはっきりした細雨が、はらはらと降ってきた。だが、空気は淀んで、掘割の汚水には漣の小皺も立たず、岸の柳の並木の葉にも小揺ぎがなかった。

その、柳と掘割との間の空間に、また、あの青服の少女の顔が浮んだ。切り下げた前髪、広い額と清い鼻筋、それだけの仄白い顔が、ぼんやりと宙に浮いて見えた。太陽の面に幾重も幾重も紗のヴェールをかけたかのように、その顔がほんのりと白く静止して、そして、それ自体なにかくるくる廻転していた。

それが、今は、十内には親しく思えた。

あのあたりには、平地に小さなクリークが多くて、赤濁りの水中に、藻の花が咲いていたり、睡蓮科の大きな葉っぱが揺れていたりした。岸には楊柳が多かった。

東京の都心近くの掘割の水は、もっと汚く黒濁りがして、水草などはなかった。その代り、岸の柳はすんなりと枝垂れていた。

そこに浮んだ少女の顔は、やはり大体の輪廓だけで、あの物言いたげな口元も、それから殊に、あの恐怖と絶望の毒気の訴えも、全く見分けられなかった。けれどあの顔だとはっきり分った。

なにか妙なことになったのだ。その顔が十内に親しく思えたのである。