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かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず
「世紀」1934(昭和9)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 页
けれども、それをいぶかしがっている場合ではなかった。僕はその茶をのまなければならなかったのである。青扇は茶碗をむりやりに僕に持たせて、それから傍に脱ぎ捨ててあった弁慶格子の小粋なゆかたを坐ったままで素早く着込んだ。僕は縁側に腰をおろし、しかたなく茶をすすった。のんでみると、ほどよい苦味があって、なるほどおいしかったのである。
「どうしてまた。風流ですね。」
「いいえ。おいしいからのむのです。わたくし、実話を書くのがいやになりましてねえ。」
「へえ。」
「書いていますよ。」青扇は兵古帯をむすびながら床の間のほうへいざり寄った。
床の間にはこのあいだの石膏の像はなくて、その代りに、牡丹の花模様の袋にはいった三味線らしいものが立てかけられていた。青扇は床の間の隅にある竹の手文庫をかきまわしていたが、やがて小さく折り畳まれてある紙片をつまんで持って来た。
「こんなのを書きたいと思いまして、文献を集めているのですよ。」
僕は薄茶の茶碗をしたに置いて、その二三枚の紙片を受けとった。婦人雑誌あたりの切り抜きらしく、四季の渡り鳥という題が印刷されていた。
「ねえ。この写真がいいでしょう? これは、渡り鳥が海のうえで深い霧などに襲われたとき方向を見失い光りを慕ってただまっしぐらに飛んだ罰で燈台へぶつかりばたばたと死んだところなのです