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びしょう

微笑

豊島 与志雄

「雄弁」1919(大正8)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页

青空文庫

ははは。酔うたその夜は、うかうかと、寝なんすきみが可愛うて……。」と彼はいつか端唄を歌い出した。

「いい景気ですね。」と私は言葉をかけた。

彼は唄を止めて私の方を見た。

「驚いたね、旦那、わっちの懐が見えますか。これこの通りだ!」そういって彼は懐を叩いてみせた。小金の音がじゃらりとした。「懐が温かけりゃあ腹の底まで温くなるもんだ。旦那、出かけやしょうかね。」そして彼は手を上げて向うを差し示すような様子をした。

「止せよ。」そう云って連れの男が彼の手を引止めた。

「何だと、何がよせだ、べらぼうめ。」

「まあいいからこっちへ来いったら。」そう云って彼はその男を待合所の中へ引張って行った。

「俺はこのままでは帰らねえぞ。」

「ああ、いいから少し静にしろよ。」

「よし。そう事が分りゃあ神妙にするってよ。さかずきを、だ、押えて伏せてきりぎりす、はたおり虫に……。」と彼はまた歌い出した。

私は村瀬と顔を見合した。何だかひどく馬鹿にされたような気もするし、自分自身が馬鹿げても見えた。私達は黙っていた。

電車が来ると、かの二人も乗ってきた。どうしたのか酔っ払った男も静にしていた。