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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

あの人にも困るって。先達っての話は、自分から行って断ったのですって……」

さよは、注意深く保夫の返事を待った。幸雄は従弟で、彼はその兄役をしていた。

「贅沢だな。この就職難のとき自分からいいくちを断るなんて……」

保夫が、自分の予期通りのことを、呑気に云うのを見ると、さよは焦立たしさと悲しさとを同時に感じた。彼女は、複雑に、意地悪く動く自分の心持を、惨めに自覚しながら云った。

「伯母様に申上て置いたわ。今度幸雄さんがいらっしゃったら、きッと保夫がよくお話しするでしょうって。――そうでしょう? 貴方幸雄さんに、伯母さんを早く安心させるもんだよっておっしゃるでしょう?」

保夫は、機械的に答えた。

「云わなくちゃあなるまい。――せっかく理財科まで出て遊んでいるのももったいないからな」

さよは、「何故そんな上っ面で安心? どうしてもう一皮、幸雄さんの心持の下まで切り下げないで安心なのだろう!」という、歯痒い歯痒い心持を、やっと、

「幸雄さんはいい従兄を持って仕合わせね」

という皮肉に洩した。

けれども、保夫は、彼の傍で、さよが、どんな感情に煮え立ち、それをどんな心持で制しているかは、まるで感じないように見えた。