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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

彼は苦労も不安もないらしく、艶の好い、型通り青年紳士の顔を、悠々居間の灯の下に浮上らせているのだ。――

彼女が指先に絡めて編んでいた絹糸のように、慎ましく輝き、滑らかであった生活は、少くともさよの心の内で変化した。彼女は、良人と自分との調和ある沈黙の頷き合いは、散歩に出ようか出まいかということ、二人共が丁度同じ時番茶を飲みたいと思うこと等以外に、果してどこまで深く連絡があるかひどく疑わしい心持に、結婚後始めて逢着したのであった。

四

四辺はもう六月であった。

さよは、独りになると、いよいよ濃い青葉のちらちらする縁側に出、鮮やかな紫陽花の若葉の色だの、ガラス鉢の水を緋や白に照して泳ぎ廻る金魚だのを眺めながら、種々な考えに耽った。

これほど心を捕われることから見ても、さよは、自分がどの位良人に執着しているか、はっきり解った。けれども、何故執着しているのか。愛しているから。それなら彼のどこを何を愛しているのかと自問自答して行くと、彼女は、苦しい心持になった。良人と切りはなせない絆を感じる心持と、彼の物足りなさ、詰らなさ、自分の求めるものが決して彼の裡にはないという事実とは、彼女の心の裡で厳然と対立した。