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こころのかわ
心の河
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页
彼女は、途方にくれ、泣きむせぶ母の肩を自分の胸に抱きしめて、
「泣かないのよ、お母様。泣かないのよ。ね、私お父様によく云ってあげるから……泣くのをやめて、よ!」
と、波打つ鬢の毛に口をつけて囁いた自分の稚い姿をまざまざと覚えている。――
父に何を云おうと思ったのであろう? 今になってさよは、母の切な涙を自分が流しているのを知った。そして、若し自分が小さい子供の母であったら、その娘か息子かは、きっと、自分が感じたと全く同じ当惑、悲しさ、当のない義侠心に繊い指を震わせて、「云ってあげるから! ね、泣かないでよ」と云うだろう。然し彼等も、また自分の通り、その涙を眼から流す時が来るまで父に向って何を云うべきかはちっとも理解しないのだ。……
彼女の精神はだんだん鎮って、母と自分との間に過ぎた十数年が、女性の一生にどういう意味を持つか、考えなおすだけの余裕を持って来た。
結婚するまで幾度か、さよは形こそ異え、同様の訴えを母からきかされた。その度毎に、彼女が母に与えた慰安の言葉も、考えて見れば、僅に語彙が年と共に幾分豊富になったきりで、内容は、十二三の時と同じ「泣かないで、よ!」