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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

それから間もない或る日のことであった。

さよは、良人と良人の友人と三人で晩餐の卓子についていた。彼女の隣りに良人が座った。彼女の真向には友人が。そして、箸をとりあげて暫くすると、保夫は、

「う? う? う?」

と口の裡で言葉にならない音を出しながら、何か訊くように彼女の方に顔を向けた。

さよは、良人の顔を見返したが、すぐ答えた。

「ああもういいの、すぐあがって――」

彼女は、保夫の箸の先が小鉢の浸しものに触れているので、何心なく猿の合図のような「う? う? う?」を、「これに、したじがかかっているのか」と翻訳して聞いたのであった。

友人は、ナスタアシウムの花越しに二人を見較べた。

「何だね、どうしたの?」

保夫の説明でいきさつが判ると、彼は、

「ふうむ」

とやや大仰に感服した。

「さすがに夫婦は違うな。僕はいくら考えようとしても、まるで見当がつかなかったよ。……ふうむ、うまい工合に行くもんだなあ」

さよは何とも云わずに微笑した。友人は独身者であった。ひやかしとも愛素とも羨しがりともとれる言葉にどう返事してよいか解らなかったし「うまい工合に行くもんだなあ」という感歎詞は、悪意のないことは明瞭であったが、彼女に自分の心がまるで試験された電熱器にでもなったような淋しさを与えた。