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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

月の明るい頃であったので、彼女達はその友人を送って、五六丁ある停車場まで行った。帰りには、二人並んで来る正面に月があった。水蒸気がある故か、さやかな月のまわりには、大きな大きな金灰色の暈(かさ)が眠げに悠(ゆっ)たり懸っている。暈の端れに、よく光る星が一つ飾のようについていた。初夏の夜の精気を溶し、凝したような月と星とは、彼等の行く先々、いい匂いで繁っている栗の梢や、繊い欅の黒い枝のかげに先駆をする。さよは自分の足の運びが磁力に吸われて月へ月へと向って行くように感じた。帽子もかぶらず、軽い杖を手にしたぎりで保夫は、ゆっくり大股に彼女の傍を歩いて来る。彼が、平和な幸福を感じていること、心のどこかで、友人が喋りつづけた事柄を味い、かみなおしているのがさよによくわかった。友人は、来てから帰る迄、殆ど結婚生活のことばかり話して行った。自分自身の生活に対する希望や予想に就てでなければ、知人の結婚生活の成功、失敗等について、そして、一々の文句の句点のように、彼は「君達はいいさ。申し分なしだろう」とか、「何にしろ以心伝心だからな」とつけ足した。停車場で別れる時、彼は改札口を半分プラットフォームに出ながら体を捩って彼等の方を振向き、呼びかけた。