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いかりのむし

怒りの虫

豊島 与志雄

「群像」1951(昭和26)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,457 字 · 24 页

青空文庫

欝ぎの虫、癪の種、さまざまなものが、人間のなかに住んで、正常な感情を引っ掻きまわすと言われているが、ここに、木山宇平のなかには怒りの虫がいつしか巣くったと、周囲の人々から見られるようになった。彼は元来、至って温厚な性質だったのだが、近頃、なにかにつけて腹立ちっぽくなったのである。

外出に際して、玄関で靴をはいた後、ちょっとポケットにさわってみ、小首をかしげ、大きな声で怒鳴った。

「ふきん、ふきん。」

八重子夫人と女中が、見送りに出ていたが、何のことかよく分らなかった。

「ふきんだ。」と木山はまた言った。

もっとも、彼は食卓で、必ず布巾を用意させておく習慣だった。茶とか汁物とか、一滴でも卓上にたれると、すぐに布巾で拭いた。然し玄関での布巾は異例だ。それでも女中は駆けだして、布巾を一つ持って来た。木山はそれを受取ろうとしたが、手を引っこめて、怒鳴った。

「ばか。布巾をどうするんだ。ハンケチだ。」

「あら、」八重子夫人が答えた。「ハンケチは出しておきましたが……。」

いつも、洋服に添えてハンケチは出してあったのである。

木山は苛ら苛らしていた。

「よろしい。途中で買う。