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いかりのむし

怒りの虫

豊島 与志雄

「群像」1951(昭和26)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,457 字 · 24 页

青空文庫

」

荒々しい見幕で出かけていった。

後で分ったことだが、ハンケチはやはりポケットにはいっていた。木山自身の、言い違いと思い違いに過ぎなかった。だが、彼が怒ったのは事実だった。怒ってそしてあとはけろりとしていた。

丁度、その日の夕方のことだが、一ヶ月半ばかりのアメリカ旅行から帰ってきた川村を中心に、懇意な社交仲間だけの集会が、丸ノ内の山水楼で催された。私的な集りだけに、簡単な挨拶があったきりで、あとはあちこちでの勝手な放談となった。木山宇平は酒瓶を前にして、いつまでも飲んでいた。支那料理のこととて、一定のコースがあるが如くなきが如く、料理の鉢はたくさん卓上に残っているし、木山の酒好きは周知のことで、極めて自然な情況だった。

その木山が、突然、憤慨しだしたのである。

彼は腕を突き出し、上衣の袖を指し示しながら、大きな声で叫んだ。

「上衣の袖が擦り切れていたって、構うものか。僕なんか、擦り切れてるどころか、破けてると言ってもいい。それだって平気さ。ちっとも恥かしがることはない。」

「勿論、そうだよ。」隣席の者が応じた。

「恥かしがることはない。恥かしいと思うのは、インフェリオリティー・コンプレックスだ。