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あやしのもの

怪しの者

国枝 史郎

「日本伝奇名作全集4 剣侠受難・生死卍巴(他)」番町書房、1970(昭和45)年2月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,259 字 · 25 页

青空文庫

(あれへ眼をつけるあの野郎こそ怪しい)

と、私といたしましては、職人風の男へかえって不審を打ったのでございます。

(只者じゃアない、うろんな奴だ)

私は考えに沈みながら、広い耕地を見やりました。野菜の名産地の尾張城下の郊外です、畑という畑には季節の野菜が、濃い緑、淡い緑、黄がかった緑などの氈を敷いておりましたっけ。人家などどこにも見えず、百姓家さえ近所にはありませんでした。いやたった一軒だけ、数町はなれた巽の方角に、お屋敷が立っておりましたっけ。それも因縁づきのお屋敷が。……尾張様の先々代継友卿が、お家督の絶えた徳川宗家を継いで、八代の将軍様におなりなさろうとしたところ、紀伊様によって邪魔をされて、その希望が水の泡と消え、紀伊様が代わって将軍家になられた。当代の吉宗卿で。……その憂欝からお心が荒み、継友様には再三家臣をお手討ちなされましたが、その中に、平塚刑部様という、御用人があり、生前に建てた庄内川近くの別墅へ、ひどく執着を持ち、お手討ちになってからも、その別墅へ夜な夜な姿を現わされる。――という因縁づきのお屋敷なので。

(流れ屑が自然に沈む淵があったり、化け物屋敷があったりして、この界隈は物騒だよ)と、私は呟いたことでした。