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かいきいっせきばなし

怪奇一夕話

岡本 綺堂

「中央公論」1935(昭和10)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,745 字 · 18 页

青空文庫

、第3水準1-14-84)を以て聞えた韓退之もさすがに顔色を変えた。ほかの人々はもちろん蒼くなった。その後、韓退之も柳宗元も遠流されたりして、その怪を見た者はみな不運であったという。

そんなわけで、孔子を始めとして、その道を祖述した学者や識者も皆さまざまの怪異に出逢っているのであるから、一般の人間が妖怪を信ずるのも無理はない。東晋の干宝は幼より学を好み、古来の怪奇伝説などを一切信憑しなかったが、あるとき我家に仕えている下婢に関して霊異の事実があったので、世には理外の理あることを初めて信ずるようになって、爾来専らその研究に没頭することになった。有名なる「捜神記」二十巻は、彼が多年の研究の産物であると伝えられている。その「捜神記」の中には、眉唾に値するものが多々あるように思われるが、著者の干宝自身は案外まじめにそれを信じていたのかも知れない。

「捜神記」は古来有名の書であるから、今更わたしが改めて紹介するまでもないが、この書の特色というべきは妖を妖とし、怪を怪として記述するに留まって、支那一流の勧善懲悪や因果応報を説いていない所にある。総て理窟もなく、因縁もなく、単に怪奇の事実を蒐集してあるに過ぎない。