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かいきいっせきばなし
怪奇一夕話
岡本 綺堂
「中央公論」1935(昭和10)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,745 字 · 18 页
は怪談を怪談として記述するに留まって、前者のように種々の議論を加えていないのが却って良いと思う。怪談に理窟を附会するのは禁物である。宋の洪邁の大著「夷堅志」などにも殆ど理窟を説いていない。
以上の「閲微草堂筆記」や、「子不語」のたぐいは、時代が比較的に新しいので、文化文政度における我が作家連の眼に触れなかったらしく、翻案専門の曲亭馬琴などの作物にも全然借用されていない。しかも「捜神記」「酉陽雑爼」「夷堅志」の類になると、第一は六朝、次は唐、次は宋というのであるから、遠い昔から我国に輸入されて、彼の「今昔物語」や「古今著聞集」などに種々の翻案材料を提供している。「今昔物語」は大納言隆国卿が宇治に閑居し、往来の者を呼びあつめてその物語を筆記したなどと伝えられているが、実は「捜神記」その他の記事を翻案したものが多い。したがって、源義家がどうしたの、平貞盛がどうしたのと云う、実在人物に関する記事にも信を置けないのが往々にして見出される。
更に下って江戸時代の初期になると、元禄前後から享保前後に亘る五、六十年間は、実に怪談全盛時代と云うべきであって、出版がまだ完全に発達しない時代であるにも拘らず、多数の怪奇談集が続々発行され、西鶴や団水の諸家は皆その方面にも筆を染めている。