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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

それは酷たらしいなどというよりは、寧ろ気味の悪いものだった。知らせによって其場へ駈けつけた僕の目の前に転がっていたものは、生れてからまだ一度も見たことのない様な珍らしいものだった。それが三年以来添って来た女房だなどとは、どうしたって考えられなかった。それが人間の死骸だということさえも一寸見ただけでは分らなかった。目も鼻も、手足さえ判明し兼ねる様な一塊の黒いものだった。所々、黒い表皮が破れて、真赤な肉がはみ出していた。

君は火星の望遠鏡写真を見たことがあるかね。火星の運河だという、あの変な表現派じみた、網の目の様なものを知っているかね。丁度あの感じだった。真黒な塊の表面が、あんな風にひび割れて、毒々しい真赤な筋が縦横についていた。人間という感じからは、まるでかけ離れた、えたいの知れぬ物凄い物体だった。僕は、これが果して妙子かしらと疑った。物慣れた仕事師は、僕の疑わしげな様子に気づいたと見えて、その黒い物体のある箇所を指し示して呉れた。そこには、よく見ると妙子が昨日まではめていた、細いプラチナの指環が光っていた。もう疑って見ようもなかった。

それに、妙子の外には、その夜行方不明になったものは、一人もなかったことも後になって分ったのだ。