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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

彼は唯、学問に没頭することによって、僅かに遣る瀬ない失恋の悲しみを紛らそうとした。北川氏はそれらの事情を知り過ぎる程よく知っていた。野本氏が其後今日に至るまで妻帯しないことが、彼の失恋の悲しみが如何に烈しいものだったかを証拠立てていると思っていた。それ丈けに彼と野本氏との間柄は、表面は同窓の友として附合っていたけれども、実は可成気拙いものになっていた。

そうしたいきさつを考えると、野本氏があの様な復讐を企てるというのも随分尤もなことだったし、北川氏がそれを疑う心持も、決して無理ではなかった。

さて、北川氏という男は、前にも一寸言及んだ様に、少し変り者だった。

社交的な会話、洒落とか常談とかいうものは、まるで駄目だった。彼はユーモアというものをてんで解しない様な男だった。併し議論などになると、可成雄弁に喋った。彼は何か一つの目的が極まらないことには何もする気になれぬらしかった。その代り、これと思い込むと、傍目もふらず突き進む方だった。そういう時は、目的以外の事にはまるで盲目になって了った。この性質があればこそ、彼は学問にも成功した。不得手な恋にさえ成功した。