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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

「君が何故あの事件に触れようとしないのか、僕はよく知っている。君はあれ以来始めて逢った僕に、悔みの言葉一つ述べられない程、あの事件に触れることを怖れているんだ」

暫く心にもない世間話を続けている内に、もう我慢が出来なくなって、北川氏はこう戦闘開始の火蓋を切ったのだった。

野本氏はハッとして目をそらした。

あの時、彼の顔が青ざめたのは、顔の向きを代えた為に庭の青葉が映ってそう見えたばかりではないと北川氏は固く信じていた。――

「俺の放った第一声は、見事に彼奴の心臓をえぐったんだ」

相変らず、どことも知れぬ場末の街筋を、テクテクと歩きながら、北川氏は甘い回想を続けて行った。

丁度反芻動物が、一度胃の腑の中へ納ったものを、また吐き出してニチャリニチャリと噛みしめては、楽しみを繰返す様に、北川氏は、今日の野本氏との会談の模様を、始めから終りまで、文句の細い点まで注意しながら、ユックリユックリ思出して行った。事実そのものにもまして快い回想の魅力は、北川氏を夢中にさせないでは措かなかった。

――「僕がそれに気附いたのは、極く最近のことなんだ。その当座は唯もう泣くにも泣かれぬ悲しみで心が一杯だった。