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きょうふのくちぶえ
恐怖の口笛
海野 十三
「富士」1934(昭和9)年8月号~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,713 字 · 122 页
「あら、改まってお礼を仰有られると困るわ。――だけど勉強していただきたいわ、あたしが紹介した、その名誉のためにもネ」
「ええ、僕は気紛れ者で困るんですが、芸の方はしっかりやるつもりですよ」
「頼母しいわ。早くうまくなって、あたしと組んで踊るようになっていただきたいわ」
「まさか――」
と一郎は笑ったが、ジュリアの方はどうしたのか笑いもせず、夢見るような瞳をジッと一郎の面の上に濺いでいたが、暫くしてハッと吾れに帰ったらしく、始めてニッコリと頬笑んだ。
「ホ、ホ、ホ、ホ……」
一郎はジュリアの美しさを沁々と見たような気がした。ただ美しいといったのではいけない、悩ましい美しさというのは正にジュリアの美しさのことだ。帝都に百万人のファンがあるというのも無理がなかった。一郎はいつか外国の名画集を繙いていたことがあったが、その中にレオン・ペラウルの描いた「車に乗れるヴィーナス」という美しい絵のあったのを思い出した。それは波間に一台の黄金づくりの車があって、その上に裸体の美の女神ヴィーナスが髪をくしけずりながら艶然と笑っているのであった。そのペラウルの描いたヴィーナスの悩しいまでの美しさを、この赤星ジュリアが持っているように感じた。