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あくむ
悪夢
豊島 与志雄
「改造」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,930 字 · 32 页
私は呆気にとられて、訳が分らなくなった。まるで小さな子供のような彼女の泣きじゃくりを、惘然と眺める外はなかったが、次の瞬間には、自分でも変な気持になって、はらはらと涙をこぼした。その後からなお激しく涙が出て来た。
やがて私は、涙を払って立上った。汚い煎餅布団につっ伏して泣いている、腰帯一つの小娘の姿を、上からじろりと見下して云った。
「もう帰るよ。」
女は駄々っ児のように首を振った。
私はその背中に屈み込んで、やさしく肩に手をやりながら、またくり返した。
「もう帰るよ。夜が明けたんだ。」
それから私は、咋夜の勘定残りの、なけなしの五円札を取出して、それを彼女の手に握らした。
「少いけれど、取っといてくれ。……おい、もう帰るよ。夜が明けたんだ。」
彼女は涙にぬれた顔を上げて、私の方を見た。私が立上ると、彼女も自動人形のように立上った。そして、踏段の軋る急な階段を、私の後について下りてきて、下駄を出してくれ、表の戸を開いてくれた。その無言の彼女の方へ、私はもう振向きもしないで、さよなら、と云い捨てたまま外へ飛び出した。
曇り空の下のどんよりした薄明りに、漸くそれと知られる、まるで夕暮のような夜明けだった。