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あい
愛
岡本 かの子
「文筆」1938(昭和13)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,690 字 · 4 页
その人にまた逢うまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢うまいと思います。そう思えばさばさばして別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらい待兼ねて頂きます。人間の寿命に相応わしい、嫁入り、子育て、老先の段取りなぞ地道に考えてもそれを別に年寄り染みた老け込みようとは自分でも覚えません。縫針の針孔に糸はたやすく通ります。畳ざわりが素足の裏にさらさらと気持よく触れます。黄菊などを買って来て花器に活けます。
その人にまた逢うときには、何だか予感というようなものがございます。ふと、ただこれだけの月日、ただこれだけの自分ではというような不満が覚えられて莫迦々々しい気持になりかけます。けれども思えばその気持もまた莫迦らしく、こうして互い違いに胸に浮ぶことを打ち消すさまは、ちょうど闇の夜空のネオンでしょうか。見るうちに「赤の小粒」と出たり、見るうちに「仁丹」と出たり、せわしないことです。するうち屹度その人に逢う機会が出て来るのでございます。
出がけのときは、やれやれ、また重苦しく気骨の折れることと、うんざり致します。逢って見る眼には思いの外、あっさりして白いものの感じの人でございます。