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あいか

愛か

李 光洙

「白金学報 第一九号」1909(明治42)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,381 字 · 11 页

青空文庫

彼は確かに居るのだ。しかも彼は知らん顔して澄ましているのであろうか、どうしたのだろう、人間にしてどうしてこんな残酷なことが出来るのだろう実に残酷である。

彼はブルブルと慄えた。彼の身体は熱湯を浴びせかけられたようで息はますます荒く眼は凄みを帯びて来た。主人はいよいよ訝かしげに彼の顔を見詰めていた。彼はモウ居たたまらなくなった。ああ、胸よ裂けよ、血よほとばしれ、身体よ冷えよ、吾は爾のために血を流した、爾は吾に顔をも見せぬのか。

彼が主人の止めるのも聞かないでここを出たのは、十時を少過ぎた頃であった。

彼は失望、悲哀、憤怒のために夢中になり、狂気になって帰途に就いた。薄暗い町の中はヒッソリと寐静まって、憐れな按摩の不調子な笛の音のみ、湿っぽい夏の夜の空気を揺るのであった。

文吉は十一の時に父母に死なれて、隻身世の中の辛酸を甞めた。彼は親戚を有せぬでもなかったが、彼の家の富裕であった時こそ親戚ではあったけれど、一旦彼が零落の身になってから、誰一人彼を省みるものはなかった。彼の身に付き添いたる貧困の神は、彼をして早く浮世を味わしめたのである。彼が十四頃にはすでに大人びて来て、紅なす彼の顔から無邪気の色は褪めてしまった。