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よく
慾
豊島 与志雄
「改造」1932(昭和7)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,324 字 · 33 页
僕の身分ではそれは大した金額だが、数字の上では一寸したものだ。会社の帳簿などの上では、マル一つで数万数十万が左右される。一桁の数にマルをつけると、百以下の差だし、二桁の数にマルをつけると、千以下の差だが、五桁の数にマルをつけると、十万乃至百万の差になる。同じマルにも、場合によってこんな価値の差があるのは不思議だ。マルを一つ取りこんでやれ。マルは零ではないか。僕に零を一つくれと云ったら、人はどんな顔をするだろう。
「君の様子は少し変だ。まだ病気がすっかりなおってないんじゃないのか。」
そんなことを社の同僚が云う。或は少し変かも知れない。僕は一人の女を愛しているのだ。それに、大病の後転地保養もしないで出勤しているのだ。それにまた……これは愉快な思附だった。室の窓から、多くのビルディングの間をぬけて向うに、大きな気球広告が風になびいていた。気球の下には、不細工な文字が並んで馬鹿げた媚態を作っている。それらの文字の代りに、一人でいいから、天女のようなマネキンガールをくっつけたら……。そしてビラを撒かせるのだ。綺麗な五色のビラだ。銀杏の葉のようなビラだ。晩秋、空が蒼く冴え返って、冷かな寒風が街路に踊り狂ったことがある。