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わがはいのちしききゅうしゅうほう
我輩の智識吸収法
大隈 重信
「成功 第十七巻第三号」1909(明治42)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,632 字 · 6 页
社会と遠ざからぬ様に読書が必要である
暇さえあればその間酒でも飲んで騒ぐというようなことはしない。それよりか読書をする。また我輩は園芸に趣味をもっているから、暇があればまず庭園を歩き廻って見る。而してなお暇が得らるれば、今度は読書をするという風にしている。実は智識をうまく活用して行くのである。
一体我輩のところへはあまり怜悧なものは来ぬ。それだから我輩が独りで話してやるのだ。こういう風であるからなんで人から智識などが得られるものか。よしまた如何に怜悧なものが来ても、我輩が耳を傾けぬから駄目である。人の話は注意して聴いたらよい。学問にもなるだろうが、我輩の如き短気な剛情者には耳学問は誠に不適当である。次に書物は読むべきものであることについて一言しておこう。
社会と遠ざからぬ様に読書が必要である
時代の進運というものは冷酷極まるもので、自分と一緒に駈けるだけの力のないものをば容赦もなく振棄ててずんずん変転してゆく。見給え、一時は相当の声望信用あって世上に持囃された連中でもいつとはなく社会と遠ざかり、全然時勢後れの骨董物となりさがりて、辛くも過去の惰力によりて旧位置を維持している者や、その惰力さえ尽き果てて、生きながら社会より埋葬せらるる如き悲境に沈淪するものの多いのは、畢竟この時代の進運に伴うべき気力と智識とが欠乏しているからである。