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あるさっかのやくび
或る作家の厄日
豊島 与志雄
「群像」1949(昭和24)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,284 字 · 21 页
彼奴と決闘してやろう。元将校だって何だって、たかの知れた野郎だ。用捨なく殺してやるまでだ。きっと殺してみせる。
決闘の場面が、ちらちらと回転する。急いではいけない。ゆっくりと味ってやれ。おれは起き上って、ジンのグラスを取りあげた。
あたりはしんしんと静まり返っている。深い水底のけはいだ。虫の声もせず、ことりとの物音もなく、大気は淀んでいる。
煙のようなものが、どこかに渦巻き渦巻き拡がってゆく。
「中根圭次郎。」
おれの名を呼んだ。誰だ。
見まわしたが、書棚の硝子戸がぼーっと白んでるだけで、異状はない。違う棚の隅にある二尺ほどの仏像が、にこにこしてるようだ。おれは頬笑ましくなった。
「汝の享楽の……。」
ちょっと声を途絶える。
「なんぞ卑賤なる。」
聞き覚えのある文句だ。
「なんぞ卑俗なる。」
言い直したな。
「なんぞ下劣なる。」
また言い直したな。
それきり声は沈黙した。おれはジンのグラスを取り上げた。頭が少しふらつくようだ。やはり日本酒の方がいい。電熱器にスイッチを入れると、ぢぢぢぢと音がする。
「災厄は一日にして成らず。」
声に答えて、おれは大声で言い直してやった。