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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

ただいつとはなしに、白い平素着をつけた若いお坊さんの姿が、そのお寺の庭に、楓の並木の向うに、じっと立っているのを私は見出すようになった。けれども、若い淋しそうなお坊さんだと思ったきりで、別に気にも止めなかった。気にも止めないくらいに、知らず識らずのうちに見馴れてしまった。

私の見た限りでは、その年若いお坊さんは、いつも白い平素着で、楓の茂みの向うに佇んでいたり、また時には御門から真正面の大きな石碑の前を、ゆるやかに歩いてることもあった。その姿が、お寺の中の閑寂な庭に、一しお趣きを添えていた。私はお寺の前を通る毎に、必ず中をちらりと覗き込んで、其処にお坊さんの姿を見出されないと、或る淡い不満を覚えたものである。私の心はそのお坊さんに対して、何となく親しみを感じてきた。

或る麗わしい秋晴れの夕方であった。私はその日お当番で、いつもより遅く学校から帰ってきた。一片の雲もない大空は、高く蒼く澄み返って、街路には一面に黄色い陽が斜に流れていた。妙に空気がしみじみと冴えて、何処までもそのまま歩き続けたいような夕方だった。私は晴々とした心地で、お寺の前を通りかかった。