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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

私はされるままに任した。手先が震えて寒気がしていた。袴も義姉さんに手伝って貰ってぬいだ。義姉さんから私は奥の室へ連れて行かれた。

「此処にじっとしていらっしゃい、すぐにまた来ますからね。心配なことはありませんよ。」

そう義姉さんから云われて、私は熱い涙がはらはらと出てきた。義姉さんは立って行かれたが、暫くしてまた戻って来られた。私達は彼のことについては一言も口を利かなかった。私は寒気がするので、義姉さんは炬燵に火を入れて下すった。私は炬燵の上に顔を伏せたまま、じっとしていた。訳の分らない涙がしきりに出てきた。何にも考えられなかった。義姉さんは時々立って行かれた。兄さんは何時までも戻って来られなかった。

電灯がともって、外が薄暗くなりかけた頃、私の心は漸く落付いてきた。御飯の時に私は初めて兄さんの顔を見た。兄さんは非常に興奮していられるようだった。餉台の上にはいつもより多くの御馳走が並んでいた。

「昼飯を御馳走してやるつもりだったが、帰ってしまったので……。」と兄さんは仰言った。

それを聞いて、私の心は急に晴々しくなった。そして彼のことを兄さんに尋ねようと思ったが、さすがに言葉が口へ出て来なかった。