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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

」

兄さんはそう云って、話の終りを結ばれた。

私は兄さんの語を聞いてるうちに、いつのまにか涙ぐんでいた。

「でも何だか可笑しな話ね。」と義姉さんは仰言った。「あなたまで誑かされたんじゃないでしょうか。そんなお約束をして後で……。」

「いや大丈夫だ。とにかく寺の住職に逢って話してみれば分る。」と兄さんは答えられた。

私はその晩早く床にはいった。けれども長く眠れなかった。非常な幸福が未来に待っているような気もし、また真暗な落し穴に陥ったような気もした。頭の中がぱっと華かになったり、また急に真暗になったりした。うとうとと眠りかける上、訳の分らない夢に弄ばれた。

翌日私は学校を休んだ。兄さんは風邪の熱が取れないので、お寺へ行くのを延された。

その翌日も私は学校を休んだ。兄さんは朝の十時頃、お寺へ出かけて行かれた。そして意外な話を持って来られた。

――彼は和尚さんの故郷である駿河の者であった。貧しい家の生れで、幼い時に両親を失ってしまい、他に近しい身寄りもない所から、土地のお寺に引取られた。所が非常に利発らしいので、和尚さんがその寺から貰い受けて東京へ連れて来られ、隙な折に一通りの学問を教え、次に仏教の勉強をさせられた。