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あるおんなのしゅき
或る女の手記
豊島 与志雄
「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页
私は自分が自分でないような心地をしながら、家へ帰った。そして、それが初まりだった、私が彼の幻影にひどく苦しめられたのは!
その晩、私は妙に息苦しい思いで眼を覚した。室の中に陰気な靄が立ち罩めていた。襖の彼方に、彼が立っていた。私の方をじっと見つめていた。私にはそれがはっきり分った。私は蒲団を頭から被ろうとした。けれども手足が鉄の鎖ででも縛られたように、身動きさえ出来なかった。……やがて彼はすーっと襖を開けて、室の中にはいって来た。そして私の方を鋭い眼で見つめながら、頭をこっくりこっくり動かして、私の寝てるまわりをぐるぐる歩き初めた。私は眼をつぶっても、その姿がはっきり見えた。息がつまってしまった。歯を喰いしばって身を※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)きながら、飛び起きてやった。……それがやはり夢だったのだ。彼の幻は消えて、室の中には五燭の電灯がぼんやりともっていた。私はぶるぶると震え上った。いきなり大きな声を立ててお母さんを呼んだ。お父さんもお母さんと一緒にやっていらした。私は大きな溜息をついて、蒲団の上に倒れてしまった。そういうことが三日置き位には起った。