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あるおとこのしゅき

或る男の手記

豊島 与志雄

「中央公論」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页

青空文庫

「理屈はどうだって、兎に角光子さんをこのまま河野さんの所へ置いとくのはいけませんわ。北海道から遙々頼ってきたのをあすこへやったのですから、あんな話を聞いてこのままにしておくのは、私達としても済まないじゃありませんか。」

「だから僕はどうしたものかと考えてるんだよ。」と私は云った。

「あなたはいつもそれですもの、考えてばかりいて、はっきりと決断なすったことは、一度だってありゃあしません。そんな風では、いつまで待ったって片付くものですか。」

「ではどうすればいいんだい?」

「もう松本さんの心はきまっていますし、この上は光子さんの心だけでしょう。私が参って、一体光子さんはどう思ってるか、それをよく聞いてきましょう。河野さんには義理もあるけれど、穏かに話をすれば、あれだけの人ですもの、そう分らないことは仰言るまいと思いますわ。」

勿論それ以外に解決の方法がありようはなかった。然し彼女の調子は幾分私を驚かした。前から一々準備したようによく整った簡潔な文句を、もうきまりきったことのようにきっぱりと云ってのけて、それで一挙に事柄を決定してしまったのである。私にくどくどいろんなことを述べ立てて相談した彼女とは、すっかり異った調子だった。