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せんじょう
戦場
夢野 久作
「改造」改造社、1936(昭和11)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,769 字 · 51 页
その時にワルデルゼイ軍医大佐は、なおも懸命に軍刀を揮いかけているケンメリヒ中尉を遮り止めた。
「……待ち給え。待ち給え。ケンメリヒ君……皆がこの軍曹の云う通りの気持なら、ここで犬死にさせるのも考え物ですから……」
そう云った軍医大佐の片頬には、何かしら……冷笑らしいものが浮かんでいるように思ったが……しかしそれは極度に神経を緊張させていた私の錯覚か、又は仄青い光線の工合であったかも知れない。そのままガチャリガチャリと洋刀を鳴らしながら軍医大佐は、向い合っている二列の中間に出て行った。
不平そうに頬を膨らしているケンメリヒ中尉と、ホッとした私とが、その背後から跟いて行った。
十米突ばかりを隔てて向い合った二列の中央に来ると軍医大佐は、又も二つ三つ揚がった光弾の光りを背に受けながら、毅然として一同を見まわした。
同じように不動の姿勢を執っている負傷兵たちの頬には皆、涙が流れていた。その涙が光弾のゆらめきを蒼白くテラテラと反射していた。
しかしその中にタッタ一人、列の最後尾に立っている候補生の美しい横顔だけは濡れていなかった。……のみならず何かしらニコニコと不思議な微笑を浮かめて真正面を凝視しているのが、さながらに天国の栄光を仰いでいる使徒のように神々しく見えた。