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とびらのかなたへ
扉の彼方へ
岡本 かの子
「新女苑」1938(昭和13)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,155 字 · 17 页
それと良人が海を眺めていた顔を室内へ振り向けて、
「この宿の食事はどうかね」という言葉とがかち合いました。良人も実は何か考えていたのを紛らすためにいった言葉らしい声音でした。
二人はただ微笑して、強いて返事を訊く必要もないお互の問いであることを、暗黙に示し合いました。そして暫くの間、浜辺に近い遠浅の春のようにあたたかい陽がのろりのろり淀んだ海面に練られている穏かな平凡の中に、万事を忘れるようにしました。岬をめぐって来る汽船の汽笛の音が聞えました。
「ほんとにこんなに永く滞在していて、あなたのお仕事はよいのですか」と私は良人に訊きました。正月も二十日過ぎです。
「僕はある点無茶な男でね。これが一番人生で、値打ちがあると信じたことに向っては、万事を放擲して目的に取り組む。普段は随分打算家で、世間師の僕だがね。ここのところを君のお父さまは冷静を欠くと叱りなすったし、僕の前の……」と云いかけたが、ぐっと声を太めて、「僕の前の妻は圧制な暴君のように誤解して仕舞ったのだ」
ここで良人は一寸私の顔を見て、
「しかし、僕はこれが身上なのだ。これを取り去られては僕というものがない。