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てがみ
手紙
久生 十蘭
「小説と読物」1949(昭和24)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,158 字 · 30 页
フレデリック・ヘンリー岬からメラウケまでの間では、爆撃機が毎日のように頭の上を飛んで行きましたが、ある朝、舟をマングローブの林の中へ入れようとしますと、村上さんが寝ていた舳のところに、血のようなものがいっぱいこぼれていますので、なんだろうと思って見ていますと、村上さんは、
「マングローブの木の汁だよ」といいました。
マングローブの木からタンニンがとれ、木を切ると、血のような色をした赤黒い汁がでますが、マングローブを切りもしないのに、どうしてここに汁があるのか、ヘンだと思ったが、「そうですか」といっておきました。
メラウケから更に南へ下ると、海岸から八浬も沖まで珊瑚礁が出ている。危険なので、昼か月夜でなければ航海ができなくなり、そのうえ、急に吹きだす嵐の心配をしながら、よほど沖を行かねばならなくなりました。鯨がだんだん多くなり、一晩中、オルガンのような音が、暗い海にきこえました。村上さんは知りませんが、こんな小さな丸木舟の航海にとっては、嵐よりもなによりも、鯨と大が恐ろしいのです。鯨が舟につきだすと、舟のまわりをまわって大きな波を立てて遊び、石油缶を叩いておどかしても、なかなか離れようとはしないのであります。