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てがみ
手紙
久生 十蘭
「小説と読物」1949(昭和24)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,158 字 · 30 页
そのへんの海岸は、コンモリと榕樹の繁った高い崖つづきで、陸にはサゴもワラビもなく、水にも、食べるものにも、困るようになりました。村上さんはだんだんものをいわぬようになり、毎日一度、海の水を汲んでマンデーをするにも、ビクビクせねばならぬようになりました。私は村上さんの忠実なジョンゴスで、村上さんのことだけが、私の考えることのすべてなのでありますけれども、村上さんはすこしも私に笑いません。たとえ、この航海がどんなに辛く苦しくても、村上さんさえ機嫌をよくいたされたら、苦しくも辛くも思われなかったでありましょう。毎日、おなじような岸、おなじような海、あとまだ何十日か、長い航海がありますのに、狭い舟の中で、村上さんの機嫌のわるい顔を見るので、私は勇気も、ほとんど尽きるかと思いました。しかし、こんな長い、面白くない航海を、楽しいと思うひとは居りません。私は子供のときから、こういう航海に馴れていますけれども、村上さんに私と同じようなことを望むのは無理だと思って、がまんしました。いっそのこと、ひどい嵐でも吹いてくれればいい。なにか変ったこと、サウシテそれが村上さんの気持をまぎらすものであれば、どんな辛いことでもよいと、そんなことまでねがうようになりました。