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ぎじゅつのてつがく
技術の哲学
戸坂 潤
「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页
一体イデオロギーとは意識形態のことだが、意識の何よりの本性は存在を何かの仕方で反映するという論理的な認識論的な機能にあることを見落してはならぬ。之を見落さない限り、意識形態であるイデオロギーなるものが、存在を如何に反映するかという真理内容に関わらざるを得ないものだということを見落せない筈である。之を見落すなら、唯物史観に於けるイデオロギーという概念の意義は、その重大な大半を失って了うだろう。イデオロギーというのは人が考えているような単に主観にだけぞくする問題ではない、主観が客観を如何に反映して、真理という客観性を如何に実現するか、という問題を解決する鍵こそが、イデオロギーという概念なのである。所謂「イデオロギー論」はイデオロギーという概念をこういう具合に使わないからこそ、不用であり又誤っているのだ。
さて自然科学を一つのイデオロギーと見て初めて、夫が社会科学に較べて社会的制約を受けることの少ない点をば、そのイデオロギー性の持ち方の少ないという関係によって、決定することが出来るのである。それは事実上、個人的な、集団的な、併しやがて実は階級的な、利害によって、認識過程(問題の設定・体系の構成・結論の抽出・等々)を決定されるが、その度合は社会科学に較べて原則的にずっと少ないし、又個々の事実から見ても、社会科学