轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ぎじゅつのてつがく

技術の哲学

戸坂 潤

「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页

青空文庫

この機械が直接に連関しているだろう技術なるものは、処で他方、単なる自然でなければこそ技術――アート――だったのである。

* 機械が決して単なる自然科学的範疇ではあり得ないことをマルクスは最も鮮かに指摘している。「数学者や機械論者は、道具は単純な機械で、機械は合成された複雑な道具だと説明している(イギリスの経済学者達もよくこれを真似ている)。彼等は両者の間に何等本質的な区別を見ず、剰え、槓杆・鉋・螺旋・楔等の単純な機械力を機械と呼んでいるのである。なる程どんな機械でも、そうした単純な機械力が仮装したり結合したりして、出来上っているには違いない。併し経済学の見地からはこの説明は何の役にも立たない。この説明は歴史的要素を欠いているからである」(『資本論』カウツキー大衆版第一巻三一六頁)。――マルクス自身は発達した機械を本質的に三つの部分に分析する、発動機・配力機・並びに道具機乃至作業機。そして十八世紀の産業革命の出発点となったものがこの最後の機械部分であったことを述べている。このようなものが機械の歴史的な説明であり、機械の本質が社会科学的範疇によって捉えられねばならぬ証拠である。