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ぎじゅつのてつがく
技術の哲学
戸坂 潤
「技術の哲学」時潮社、1933(昭和8)年12月13日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,443 字 · 164 页
科学や哲学の知識と世界観とがあるにも拘らず、世界宗教は自分の世界観的存在理由を固執しているのは、何よりもこの誇りに基くのだ。だがこの際、この「宗教」は実は科学的認識を外にして、何かの認識目的を、或いは従って又何かの実践目的を、持っている。だからこそそれは科学的認識に代行せざるを得ない。技術的範疇を斥けるためにこそ、宗教は単なる信仰の資格から神学(之が実は宗教の本質である)にまで出現したのである*。
* 神学体系はすべての世界を体系づける。だから技術自身も亦神学体系内の一範疇であることが出来る。例えばカトリックの信条は立派に技術論を持つことが出来る(H. Jebens, Die Philosophie des Fortschritts を見よ)。大本教は電気現象や光の現象に対して特有な組織的説明を与えている(某月『学士会月報』)。――こうした世界解釈の組織が、その「精神的な」世界統一と同様に、非技術的なものであることは、之によって少しも妨害されはしない。
資本主義的生産関係が、一切の部面に於てその矛盾を蔽いかくすことが出来なくなり、特に技術はその病的高揚と不具な発達にも拘らず、その自生的発達を抑圧する重圧に苦しみ始める。