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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
この遊女の姿態ばかりは現在居る一番の錦絵描きでも描けないので、私の家の芸の中でも一番むずかしい秘密の伝授になっているものを……あの奥さんは不思議な人だ」
と云って舌を捲かれたという事で、今でも博多の人の噂に残っているそうで御座います。
その阿古屋の琴責めの五人組の人形が、柴忠さんの家の小さな本檜舞台に飾られました時の見物といったら、それは大変だったそうで御座います。申すまでもなくその時はお父様も、お母様も柴忠さんの処へおよばれになって、大層な御馳走が出ましたそうですが、その押絵を見るために態々遠方から見えた御親戚や、お知り合いのお節句客の応対だけでも柴忠さんは眼がまわるほど、お忙がしかったそうで御座います。そうしてそんなお客が、お節句を過ぎてまでも、なかなか絶えそうに見えませんでしたので、しまいには柴忠さんも笑いながら、こんな事を云い出されたそうです。
「これはたまらぬ、いくら娘の祝いだというても、こんなに京大阪の旅人まで聞き伝えて見に来るようでは、今に身代限りになりそうだ。こんなに高価く付いた押絵があるものじゃない。何にしてもこれは井ノ口の奥さんが一世一代の精魂を打ち込まれた物だから、いっその事、娘の名前で氏神様に上げてしまった方がよかろう」