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しどうものがたり

指導物語

上田 広

或る国鉄機関士の述懐

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,687 字 · 35 页

青空文庫

これは当然の成行でも私には淋しいことである。私はその本を曾て可成り無理して手に入れた事実を思い出し、なに気ない口振りを装い、矢張り自分を信じてやった方がいいんだよ、と云ってやらずにいられなかった。すると佐川二等兵は複雑な蔭の見られる微笑を浮べながら、大丈夫ですよ、と簡単に答えた。その時は私もホッとした思いに置かれた。別に正確に私の考えるところが伝えられたとも思えなかったけれど、いつかはわかって貰えるものがその中にかくされてあるように感じられたからである。

その後も私のいそがしい乗務生活はつづいた。自ら機関士席についているので仕事に不安がなくその点はよかったけれど、なにかにつけて思い出されるのは矢張り佐川であった。加減弁の把手を扱うのにも彼はこのように引いたとか、いくら注意しても脇路活栓を蹴飛ばしてばかりいたとか、前方の注視には心持ち首をかたむけているのが癖であったとか、どれもこれもなつかしい記憶のみである。時によると私が、一日中の話題にしてしまうものだから、まるでお婿さんにでも決まったようですね、と機関助士に冷やかされたりする。私もそう思わないこともなかったが、それだけで笑い去られるのも口惜しくなり、戦場にあるもののことは厳粛に考えてやらなくちゃいかん、と言いかえしたものである。