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しどうものがたり

指導物語

上田 広

或る国鉄機関士の述懐

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,687 字 · 35 页

青空文庫

そこで私は或る日、機関区からの帰途を少しく遠廻りして、町の本屋へ寄ってみた。機関車の構造や機能が、素人にもわかる程度に書かれた本があったら買い求め、佐川二等兵に贈ろうと思ったのである。私の覗いた店は、町でもかなり大きな本屋であったが、何れの棚にも私の欲しいものは見当らなかった。非常に特殊の本だから、そう簡単に入手出来ないだろうとは途々思っても来たのだが、何万何千円という汗牛充棟の中に、本当に一冊もないとなると若干淋しい感じもする。私などには少しも縁のなさそうな、変にけばけばしい標題のものばかり、ずらりと並んでいるのも癪で飛び出してしまったけれど、その次に期待もしないで這入った古本屋で、はからずも部厚い「機関車問答集」を見出した瞬間にはすっかり機嫌を直されていた。私は尻の上に位置するズボンのポケットから蟇口を引き出しながら、店の主人に値段を訊き、思わずまた底の方へ押し込まなければならなかった。三円五十銭だと云うのである。こうあけすけに云っては自分の恥になるかも知れないが、私には未だ曾てそんな値の張る本を買った経験がない。私は奥附をひらいて見た。昭和七年の発行で二円五十銭とある。