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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
そしてその苦しさを知り初めた彼の心を、しきりに秀子の耳朶が脅かした。
時としては、二人は夜更けに遠くまで歩き廻ることがあった。
「もう帰ろうじゃありませんか。」と山田の方から促した。
「そうね。もうあなた疲れて?」
「疲れはしませんが、いつまで歩いてもきりが無いから。」
「ほんとね、いつまで歩いてもきりはないわ。だけど、一晩中こうして歩いていたいような晩だわね。私がいつまでも、夜の明けるまで歩くと云ったら、あなたも一緒に歩いて下すって? え、どうなの?」
「歩くかも知れません。」
「知れませんだって、いやな人ね。」
「それでは屹度歩きます。」と山田は苦笑しながら云った。
「ほんと? そんなら私嬉しいわ。ではもう帰りましょう。私が一晩中歩くと云えば、あなたも歩いて下さるんだから、あなたがもう帰ると仰言れば、私も帰って上げてよ。交換問題だわね。だけど愛情だってつまりは交換問題じゃないの。あなたどう思って?」
「普通はそうでしょうが、然しそうでない場合も世の中にはあるでしょう。」
「そう、世の中にはね。けれどそれは私達の世の中ではないわ。……あなたは絶対派だわね。」そして秀子は笑った。