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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

山田は驚いて彼女の顔を見つめた。絶対派だの相対派だのという言葉は、山田がよく口にしていた言葉だったのである。

山田の視線を感ずると秀子は急に笑いを止めた。そして甘えるような調子で云った。

「御免なさい。叱っちゃいやよ。絶対的なものは芸術の上だけだってあなたは仰言っていらしたわね。人生はみな相対的だって。であなたも本当は相対派だわね。私も相対派だわ。」

山田は何か抗弁しようとしたが、言葉が出なかった。

「つまらないこと云い出したものね。これで私も随分学者になったでしょう。みんなあなたのお蔭よ。だから、本当はもっと歩きたいんだけれど、一緒に帰ってあげるのよ。」

そして秀子は白い歯を出して笑った。山田は何とも云えずぞっと身震いがした。

二人はいつのまにか家の方に向って歩きつつあった。妙に銅色にぼかした月が低く向うには懸っていた。

「何か食べたくなくって?」

「そうですね。」

通りを透し見ても、一軒も起きてる家は無かった。人影はもう全く途絶えていた。それで二人は黙って家の前まで帰っていった。

「ご免なさい、方々引き廻して。」と秀子は軽くしなをして云った。「また来て下さいね。