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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

彼はその前に一種の圧迫を感じた。と突然、秀子はその権威の底から低く叫んだ、「それごらんなさい!」

眼を外らして乞食の方を見ると、其処には一つの慈善が行われていた。二三軒先の麺麭屋から、一人の女中が出て来て、乞食に麺麭の一片を恵んでいた。乞食はそれを片手に受けて、低く一度お辞儀をした。それから、その女中と手の上の麺麭を見比べて、また低くお辞儀をした。女中は向うに駆けて行った。乞食は暫く麺麭を見ていたが、それを背中の雑嚢の中にしまった。

暫くすると、此度はすぐ横の薄暗い荒物屋から、年取った女が出て来て、乞食にゴールデン・バットを一個恵んだ。乞食は前と同様にして、それをまた雑嚢にしまった。年取った女は、すぐに店の中に引込んだ。其の荒物屋の軒には、「たばこ」という赤い文字の看板が小さく出ていた。

群衆の中にまた囁きが起った。一人の職人らしい男が可なり大きな声で云った。「つまらねえ広告をしてやがる! だがあの乞食も巧えことを考えつきやがったな。」乞食はその言葉が聞えたか聞えないか、ふと頭を上げて周囲を見廻した。そして粗らな人垣を見ると、また頭を垂れてしまった。