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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

秀子はやがてこんなことを云った。

「あなたはこれから文学者になろうとなさる方だから、分ってるでしょう。あの乞食はどちらなの、天使でしょうか、悪魔でしょうか。」

「私には分りません。」と山田は答えた。「断定する前にはよく考えてみなければ……。」

「だって何を考えることがあって? 眼で見たことが一番確かじゃないの。……でもそんなこと本当はどうでもいいわね。私達には、天使も悪魔も結局同じだわ。どちらにも近づきになりっこはないんですものね。」

秀子はそう戯談らしい調子で云ってのけた。山田には、彼女が果して本当に考えて口を利いているのか、単なる思い付きで饒舌っているのか、分らなくなった。その眼は真面目な光りに輝くかと思うと、すぐにまた馬鹿にしたような微笑を浮べていた。彼はその捉え難い変化の前に、強いて次の問いを出してみた。

「あの小話のうちで、あなたにはどれが一番面白かったのです。」

「そうね、」と一寸秀子は言葉を切って、考えるような風をした。「やはりイワンの馬鹿が一番面白かったかも知れないわ。」

「なぜです?」

「なぜって、私には学問がないから、そんなことは分らないわ。